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第6回 医師や言語聴覚士を中心に多職種で患者を支える嚥下チーム

嚥下障害を評価して適切なリハビリテーションを実施するには、医師や言語聴覚士などのリハビリテーション専門職に加えて、歯科医師や看護師、栄養士など多職種で関わることが大切です。嚥下障害に対するチームでのアプローチについて、福井大学医学部附属病院リハビリテーション科の坪川操先生と言語聴覚士の小林奈美子さんにお話を伺いました。

福井大学医学部附属病院リハビリテーション科 坪川操先生
坪川操先生
福井大学医学部附属病院リハビリテーション科
医師
福井大学医学部附属病院リハビリテーション科 言語聴覚士 小林奈美子さん
小林奈美子さん
福井大学医学部附属病院リハビリテーション科
言語聴覚士

言語聴覚士は言葉や聞こえ、食べることに対するリハビリのプロフェッショナル

初めに言語聴覚士とはどのような専門家なのか教えてください。

小林 言語聴覚士とはリハビリテーションの分野で活躍する専門家です。理学療法士(PT)や作業療法士(OT)などと並ぶ国家資格で、英語では、speech language hearing therapist略して、STと呼ばれます。主な役割は、言葉や聞こえ、あるいは食べることに障害を持つ人の機能回復や発達の援助をすることです。

具体的には難聴や言葉の遅れ、失語症、言葉をうまく発音できない構音障害、声が出しにくくなる音声障害、いわゆる“どもり”と呼ばれる吃音、嚥下障害、脳の損傷によって起こる高次脳機能障害などに対して、障害を評価し、リハビリテーションなどによって必要な支援を行います。

嚥下障害には多職種でアプローチすることが大切と伺いました。

小林 嚥下障害の対応にはさまざまな専門を持つスタッフが協力しながら、チームでアプローチしていくことが有効です。嚥下障害といっても、歯がないことが原因だったり口の環境や栄養状態と関連していたり、全身状態の悪化や認知機能の低下が影響していることもあり、その原因は多岐にわたります。それら原因のすべてをST1人が評価してフォローすることは困難です。このため嚥下障害の対応にはさまざまな専門を持つスタッフが協力しながら、チームでアプローチしていくことがとても有効です。

食べるという動作の中にはいくつかの段階があり、咀嚼や飲み込みについてはSTが専門家です。一方で食べるための運動機能、認知機能に関するサポートは理学療法士や作業療法士の方が得意な場合があります。栄養状態については栄養士が知識豊富であり、普段の生活の様子は看護師が一番情報を持っています。このように多職種で総合的に1人の患者さんをサポートすることが重要になります。

福井大学病院の嚥下チームにはどのような専門職が参加しているのですか。

小林 当院の嚥下チームには耳鼻咽喉科やリハビリテーション科の医師、歯科口腔外科の歯科医師、摂食嚥下の認定看護師、脳卒中リハビリテーションの認定看護師、管理栄養士、PT、OT、STなどがチームに参加しています。「何をどのように改善すれば、安全で効率的な経口摂取を継続できるか」について、各職種がそれぞれの視点から意見を出し合ってディスカッションするので、とても有益な場だと感じています。

嚥下チームの中でSTはどのような役割を果たしているのですか。

小林 STの役割は、医師と協力して嚥下機能評価を行い、障害の状態を把握した上で治療の方針を協議し、その方針に基づいたリハビリテーションを提供して機能の維持や向上に努めることです。嚥下チームの中で最も嚥下に精通した、中心的な役割を担っていると自負しています。私たちの知識や経験が患者さんの機能の改善という形で還元されるように、チームを通して病棟や主治医、あるいは地域の関係者などに率先して連携が取れるコーディネーター的な存在でありたいと思っています。

嚥下障害のリハビリは「直接訓練」と「間接訓練」の2通り

嚥下障害のリハビリテーションについて教えてください。

小林 嚥下障害のリハビリテーションには大きく分けて「直接訓練」と「間接訓練」の2つがあります。間接訓練は食べ物を使わず、食べる準備を整えるための訓練です。具体的には首、肩、口周りの固くなった部分をほぐしたり、舌や喉の筋力向上を図るトレーニングをします。よく行われるのは一般に嚥下体操と呼ばれる口の運動で、口の開け閉めや舌を出したり引っ込めたり、舌をグルっと回すなど、いくつかの運動があります。喉の筋力トレーニングでは、おでこに手を当てて下を向き、手のひらとおでこを押し合う嚥下おでこ体操などがあります。また最近では、舌のトレーニングをするための器具も市販されています。

一方で直接訓練は実際に食べ物を使って、食べながら嚥下機能の改善を図る方法です。直接訓練をするにあたっては、安全に飲み込むための準備が必要です。例えば姿勢をしっかり整えること、その人に合った食事形態(ゼリー、ミキサー食、ソフト食などの嚥下調整食)を準備すること、食器の工夫、落ち着いて食べられるような環境の調整などが挙げられます。
その他、嚥下評価で安全と考えられた代償的な嚥下方法を実践、練習していく場が直接嚥下訓練です。反復練習していく中で、その嚥下法を学習・習得いただき、後の食事に生かしていただくことも直接訓練を行う際の重要な目的と考えます。

多職種で嚥下障害に関わることの意義やSTの重要性について、医師からはどのようにご覧になりますか。

坪川 私たち医師は、診療や検査を通じて嚥下障害患者さんと関わっていますが、関わることのできる時間に限りがありますので、STはじっくり患者さんと向き合ってニーズや悩みを調査し、その情報をフィードバックしてくれる頼もしい存在です。嚥下機能を評価するために、嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査を行いますが、検査結果と患者さんの実際の食事にはしばしば乖離があります。検査でうまく食べることができた食品が、実際の食事では食べることができない場合もあるからです。そのような検査と実際の食事の隔たりを、STが関わることでしっかり埋めることができるのです。

検査と実際の食事の間には乖離があるのですね。STの目から見てもそのように感じますか?

小林 はい、やはりあると思います。検査の時は介助しながら一口の量もこちらで調整しています。しかし実際に自分で食事をする時になると、一口の量が多すぎたり、口に運ぶスピードが速すぎてムセてしまい、うまく食べられないことがあります。あるいは一口、二口を食べるのは問題がなくても、疲れやすく最後まで食事を食べ続けられなかったり、嗜好の問題から摂取が進まないことも多く見受けられます。このように嚥下機能的には問題がなくても、体力面や認知能力などさまざまな要因で食べられないことがあり、こうしたことは実際の食事場面に立ち会って初めて分かることも多いのです。そのため必要に応じて患者さんの食事場面に同席し、食事の最初から最後までを見させていただくように心がけています。

直接訓練や食事の場ではどのようなことに気をつけていますか。

小林 直接訓練は間接訓練とは異なり、実際に食べるため誤嚥や窒息、肺炎の発症など命に関わる深刻な問題を起こすリスクがあります。そのためまずは、直接訓練開始の基準を満たしているかどうかきちんとチェックすることが大切です。

具体的には、まずはきちんと覚醒していられるかどうか、つまり、こちらから何も働きかけなくてもしっかり起きていられることが大前提です。2つ目は全身状態が安定していることです。具体的には重篤な合併症がなく、心拍数やSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)などが安定している状態です。3つ目は呼吸状態が安定していることです。これらについてはSpO2が95%以上、呼吸数が1分間に20回以下という基準が決められています。

4つ目は非常に重要なことですが嚥下反射があること、つまりきちんとゴックンと飲み込めることが必要です。そして5つ目は、口の中が潤っていて清潔であることです。不衛生な口で飲み込んだ際に、万が一誤嚥してしまうと肺炎発症のリスクが高まりますので、食事をする前提として口をきれいにしておくことが大切と考えています。

米粉ゼリーで障害があっても食事を楽しめる社会を

最後にお二人から米粉ゼリーに対する期待について教えてください。

坪川 日本は、世界でもトップクラスに高齢化が進展している国です。しかし、今後はアジア各地でも高齢化が進んでいくと予測されています。そうなると世界規模で嚥下障害が問題になる可能性もあり、嚥下食に対するニーズは海外でもさらに高まっていくでしょう。アジアには、日本と同様に米を主食とする国が多くあります。これらのことを総合的に考えると、米粉ゼリーは日本だけではなく、広く海外でも多くの人に役立つ嚥下食になる可能性があると考えています。そうなったとしたら、米粉ゼリーの研究に関わった一人としてとてもうれしく思います。

小林 嚥下障害があることによって、「あれが食べられない」「これも食べられない」と悲しむ患者さんをたくさん目の当たりにしてきました。嚥下障害は単なる機能障害ではなく、食事の楽しみを奪うという精神的なダメージも大きい問題です。また、食べられないことによって外出できない、活動が制限されるような社会的不利を感じている方もいらっしゃいます。個々の嚥下機能や嗜好に応じた嚥下食を選べるようになると、障害を持つ人も健常者と同じように食事をもっと楽しめるようになるかもしれません。そうした意味からも、今後米粉ゼリーを含めて、おいしい嚥下食がどんどん開発されることを期待したいです。