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第7回 「いつまでも口から食べる」を支える管理栄養士

いつまでも健康で長生きするためには食事と栄養面からのアプローチが欠かせません。そのような栄養面での治療や療養を支えてくれるのが管理栄養士です。戦後の食糧不足による栄養欠乏の改善を目的に生まれた専門職で、今では地域にまで活躍の場を広げつつある管理栄養士について、ご自身も管理栄養士の資格を持つ、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターの本川佳子先生に教えていただきました。

本川佳子先生
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
自立促進と精神保健研究チーム 研究員

本川佳子先生

嚥下調整食は手間がかかるも、困難さを改善する研究はなし

本川先生のご研究テーマについて教えてください。

私の主な研究テーマは「高齢者の食と栄養」です。最近では特にフレイル(健康な状態と要介護状態の中間)に着目した研究をしています。研究を重ねる中で、色々な食品を食べている人はフレイルではないという結果が出ており、「食品摂取の多様性」がフレイルの予防や重症化の予防には重要だと考えています。

フレイル予防には、食事、特にたんぱく質の摂取が重要だと以前からいわれていましたが、病院に勤務していた頃、高齢者にたんぱく質を摂取してもらうことの難しさを痛感していました。当時「たんぱく質を〇グラム食べましょう」という話をしてもわかっていただくのは難しく、「こういう食べ方をするとたんぱく質がたくさん食べられますよ」と、よりわかりやすく伝えたいと思っていたのが、現在の研究にも繋がっています。

米粉コンソーシアムにはどのように関わっているのでしょうか。

アンケート調査と文献調査で臨床現場の課題を明らかにすることが、チーム内で私が責任を持っている役割です。最初に行ったアンケート調査では、「嚥下調整食の調理にとても手間がかかる」と感じている管理栄養士が多く、米粉を使う余地があることがわかりました。さらに、実際にどういう取り組みが行われているかを把握するために日本国内の文献を調査しましたが、嚥下調整食の調理の困難さを改善するための研究はまだないというのが現状でした。

そのほか、フレイル関連の研究を生かして、「通いの場」利用者に米粉を紹介してフィードバックを受けることも予定していましたが、コロナ過でなかなかできなくなってしまいました。管理栄養士として、よりよい米粉ゼリーができるように、引き続き参画していきます。

学会分類による統一コードで医療・介護の連携が促進

摂食嚥下に関する制度はどのように発展していったのでしょうか。

2013年に一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会で、統一した嚥下調整食分類というものが開発されました。それまで日本では、統一した嚥下調整食の段階というものが存在せず、施設ごとに食事形態の呼び方もバラバラで統一されていなかったため、転院時などに情報共有ができませんでした。しかしながら学会分類ができたことで、同じコードを使うことによって食事形態が伝わるようになったため、医療・介護における連携が大きく進んだのです。まさに一番大きなターニングポイントだったと思います。

開発からまもなく10年となる現在では、どこにいてもシームレスに安心安全な摂食嚥下食が食べられる環境が整いつつあり、嚥下調整食の指標として学会分類はなくてはならないものになっています。例えば介護保険では、特別養護老人ホームなどで管理栄養士がミールラウンドを行う際に学会分類を用いて嚥下調整食をチェックする書式が作られました。あるいは医療保険では、患者さんが入院中に食べていた嚥下調整食の分類を退院時にチェックする書式などがあります。こうした書類を作成する際に学会分類はなくてはならず、今や広く臨床現場に普及しているといえます。

高齢化時代における管理栄養士の重要性について教えてください。

管理栄養士は戦後にできた資格で、もともとは戦後の食糧不足の中、栄養不足の解決が最大の課題でした。その後、食生活の変化などにより生活習慣病の対策に重点を置くようになったという背景があります。

急速に高齢化が進む近年では、これまでの生活習慣病の対策に加え、高齢者のフレイルや低栄養対策が重要な取り組み課題となっています。公益社団法人日本栄養士会ではこれを「二重負荷」とよんでいます。「栄養障害の二重負荷」すなわち「過剰栄養(肥満や生活習慣病)」と「低栄養(痩せや拒食)」、どちらにも対応できる管理栄養士が求められているのではないでしょうか。

栄養はすべての治療の土台になるもの

多職種連携の中で管理栄養士が果たすべき役割について教えてください。

栄養は治療の土台となっており、栄養や食事によって治療の効果を底上げできると考えています。私の上司は歯科医師なのですが、口の衰えを早期に気づいて対策するためのオーラルフレイルという概念に代表されるように、歯科と栄養の連携は非常に重要です。また、医師の治療や看護師のケア、PT・OT・STのリハビリなどを底上げするためにも栄養や食事の視点は欠かせません。例えば褥瘡がある患者さんは、褥瘡の傷を治すために通常よりも多くのたんぱく質を必要とします。管理栄養士がそうしたことを見越して栄養指導をすることで、治療の効果を上げることが期待できるのです。このように治療や療養の土台作りをするのが、多職種連携の中で管理栄養士が果たすべき役割ではないでしょうか。

他の職種とは違う管理栄養士の特長は、「生活に密着した提案」をすることです。普段の食生活の中でその人ができることを評価し、提案をする。例えば歯の治療や投薬状況が変われば、それに伴う食欲の変化や咀嚼の変化を把握します。そして、その時々で食べられるものを、食材や調理法の工夫も含めて具体的に提案していくというのが実際的な役割です。しっかり食べていただくために、手を替え品を替え実践に繋がる提案をできるのが、我々管理栄養士の強みだと思っています。

あわせて「治療の効果を高めるためにも、介護度の重度化を防ぐためにも、食事でベースづくりをしていくことが大事ですよ」といった栄養の大切さを地道に伝えていくことも、非常に大事だと考えています。

85歳以上の4割が「痩せ」、1日3食食べることが大切に

高齢者の食事で特に大切なことを教えてください。

まずは1日3食とるということと、なるべく時間を決めて規則正しく食べる事が大切です。調査をしていると、1日2食の高齢者が非常に多いことがわかりました。しかし、1日3食の人と比べると、1日のエネルギー摂取量が100kcal以上違うことも多いですし、たんぱく質など栄養素の不足にも繋がります。しっかり3食とることは、色々な食品を食べることこと、すなわち「食品摂取の多様性」に繋がりますので、低栄養やフレイルの予防、さらには将来的な要介護の予防に繋がると考えられます。

厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、高齢者は約3割の人がBMIで「痩せ」に該当していて、85歳以上だと約4割が「痩せ」となっています。高齢者が痩せてしまうとフレイルにつながり、フレイルは要介護や死亡リスクの上昇に関係することがわかっています。そのため高齢者は特に意識して、たんぱく質を初めとする栄養をしっかり摂取することが大切になります。

管理栄養士間の連携についても教えてください。

管理栄養士は施設内に少人数しかいないため、特に他施設との連携が大切です。大規模の病院では十数人いることもありますが、施設に管理栄養士が1人というケースも少なくありません。病床50床あたりに管理栄養士が1人いれば恵まれているほうかと思います。

他の施設と連携することによって研究を進めることができたり、お互いの状況を共有しあうことで安心感に繋がったり、さまざまなメリットがあると感じます。実際に私自身も、嚥下を専門としている管理栄養士同士で協力しあって論文を投稿しており、管理栄養士間で連携する重要性を感じています。

食生活の小さな困りごとでも管理栄養士に相談を

専門管理栄養士制度と摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士について教えてください。

公益社団法人日本栄養士会が専門管理栄養士制度というものを作っています。がん病態栄養専門管理栄養士、腎臓病病態栄養専門管理栄養士、糖尿病病態栄養専門管理栄養士、摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士などがあります。

摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士は、公益社団法人日本栄養士会と一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会とが認定する共同認定制度で、摂食嚥下障害をもつ患者さんや家族に対して専門的な栄養支援ができる人を養成しています。現在5期目でまだ100人に満たないですが、少しずつ増えています。研修内容としては、市販食品などを嚥下調整食に展開したり、ポジショニング(食事時の姿勢)や食具について学んだり、摂食嚥下について幅広く深い知識を習得しています。

最後にメッセージをお願いします。

最近では管理栄養士も地域に出る時代になってきました。食欲低下など小さなトラブルでも管理栄養士に相談してほしいと願っています。特に嚥下調整食に関しては、入院中と同じような食形態を退院後も継続することが難しいという現状があります。退院後の嚥下調整食の継続の仕方から、好きなものを食べたいけれどどうしたらいい? といったことまで、どんなことでも相談していただけると嬉しいです。皆さんの食生活がより良いものになるよう提案していくのが我々管理栄養士の役割ですので、食生活のちょっとした困りごとを気軽に相談していただければと思います。