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第1回 スマート農業でスマート社会をめざす農研機構

 現在、超高齢化社会をかかえるわが国では、高齢による機能低下や脳血管疾患などの病気や後遺症、認知症の進行に伴う摂食嚥下障害者が増加しています。とくに、病後のリハビリ期のように高度な専門スタッフの支援体制がない場合は、誤嚥などの致死的なリスクも高まること、また、高齢者の独居の増加に伴う栄養面での懸念も指摘され、国や自治体での支援の取り組みが急がれています。
 現在、古来より私たち日本人の文化、そして栄養を支えてきた米を利用した新しい嚥下食の開発研究が進んでいます。
 この研究は、国立国際医療研究センターが農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術研究機構)ならびに複数の医療施設、米粉メーカーとコンソーシアム(共同事業体)を作り実施されているものです。
 同研究の目的は、高アミロース米と呼ばれる米の物性に注目し、嚥下障害者が食べやすい嚥下食材料を開発・実用化することです。
 今回、同研究のきっかけとなった農研機構のお2人の研究者にお話を伺い、2回にわたってご紹介していきます。1回目は農研機構とはそもそもどういった組織であるのか、どういった研究をしているのか、などについてお尋ねしました。

前田 英郎
前田 英郎
農研機構次世代作物開発研究センター
稲育種ユニット長
芦田 かなえ
芦田 かなえ
農研機構次世代作物開発研究センター

※所属部署・役職はインタビュー当時(2021年2月)のものです

●農業に関連した幅広い領域の研究をする国の研究機関

農研機構とはどういった組織であるのか、簡単にご説明いただけますか。

芦田 農研機構は明治26年(1893年)に設立された「農事試験場」にその起源があります。農林水産省の試験研究機関の時代を経て、平成13年(2001年)に農業技術研究を担っていた12の研究機関が統合・再編され「独立行政法人農業技術研究機構」が設立されました。さらに平成15年(2003年)、平成18年(2006年)、平成27年(2015年)に関連研究所や周辺機構との統合などがあり、平成28年(2016年)には、農業生物資源研究所、農業環境技術研究所、種苗管理センターと統合され、現在の農研機構となりました。

具体的にはどのような研究をされている施設なのでしょうか。非常に範囲が広い印象ですが。

前田 こちらにお示ししているのが現在の農研機構の組織図です(図1:農研機構はこんな組織です)。当機構は名前が示すとおり、農業全般を研究する組織です。稲、麦、大豆などは当然含まれますが、実際にやっている仕事は多岐にわたります。果樹もその1つで、最近ではシャインマスカットというブドウの品種を作っています。さらに鳥インフルエンザや口蹄疫など動物衛生系、家畜系の研究をしている部署もあります。このように非常に幅広い分野をカバーする全国的な組織となっています。

図1:農研機構はこんな組織です

そういった研究成果は農家の方々にどのように還元されるのでしょうか。農研機構と農家との関係について教えてください。

前田 品種などを改良する場合は農家さんに栽培してもらいますので、直接農家さんとのつながりがある部門もありますが、もう1つのルートとして、当機構から各都道府県の試験場に技術を提供し、そこを通じて各都道府県の農家さんに技術を広めていただくというステップもあります。また、農家さんに実際に使っていただく前の技術を農機具メーカーさんに提供するような場合もあります。

大学や他の研究機関との共同研究というのもありますか。

前田 もちろんありますし、各種学会とも積極的に交流をしています。

●育種により新しい米が全国で誕生:目標はスマート社会に根差した農業の研究

農研機構が関わっている研究は膨大な数だと思いますが、最近のホットトピックスといいますか、最先端の研究課題を教えていただけますか。

芦田 当機構がめざしているのは「超スマート社会に根差した農業の研究」です。育種もそうですが、生産・加工・流通にわたるすべてのプロセスをスマート化すること。情報社会における情報活用を通じて農業に関わる営みすべてをスマートに行うことが最先端の研究課題です。

農研機構がどのように稲の品種を開発するのか、そのやり方や開発の具体例などを教えてください。

前田 農研機構が開発した米の品種のように、様々な品種を農研機構が開発して広めています。また、農研機構とは別に道府県でも稲の品種改良というのは行われています。この道府県で改良される品種の親になるものを供給するというのも農研機構の役割の1つであり、これまで多数の稲系統を供給しています。日本で新しい米の品種が出た場合、それらのほとんどは農研機構が開発した稲の系統を使って改良を加えられたものです。つまり、農研機構で作っている系統が実際の新しい品種になる場合と、それらが品種の親となる場合があります。

親になるというのは具体的にはどういうことなのでしょうか。もう少しご説明いただけますか。

前田 我々のやっている育種という仕事は、例えば、「コシヒカリ」と「何か」を交配して、その中から一番よい子供を選抜して新しい品種にしていくという作業です。農研機構で育成した品種に別の品種を掛け合わせて新しい品種ができた場合、農研機構の品種が親になったということです。道府県独自の品種である、青森県の「青天の霹靂」、新潟県の「新之助」、北海道の「ゆめぴりか」などにも農研機構が育成した系統が親に使われています。

芦田 補足しますと、ある品種(例えばコシヒカリ)は何もしなければ毎年同じ品種の米ができるだけですが、その品種に栽培地域の気候に合った性質や新しい特性を加えたいというような場合、別の品種を交配させる必要があります(図2:新しい品種ができるまで)。さまざまな系統の稲を交配し、目的にあう品種を選んでいく。こういった作業を育種と呼び、農研機構で行っている重要な仕事の1つです。

図2:新しい品種ができるまで

なるほど。たいへん手間のかかる作業なんですね。米の品種というのは現在何種類くらいあるのでしょうか。

前田 数万品種はあります。日本で栽培されているものに限っても数百品種はあると思います。

●米の消費に占める外食・中食の割合は増加:今後は食品材料としての開発や輸出に焦点を当てた研究が求められる

日本の農業、特に稲作の現状と課題、また、今後進むべき方向性についてお考えをお聞かせ下さい。

芦田 お米の消費量が減っているのは事実です。消費量減少の対策としては、お米を炊飯米として食べるだけでなく、米粉として使用することが考えられ、そういった方向での研究も行っています。また、グルテンフリーの素材*としてお米を見直そうという動きもあります。米そのものではなく米の加工品として、海外輸出しようという取り組みやそれにつながる研究も進められています。したがって、お米の将来を必ずしも先細りというふうには考えておりません。米をご飯として食べるだけでなく、食べ方を工夫するなど、バリエーションを増やすことで新しいお米の消費形態を模索しているところです。

*グルテン(gluten)とは、小麦粉に含まれるグルテニンとグリアジンという2種類のたんぱく質が絡み合ってできたもの。「セリアック病」(欧米に多い)患者がグルテンを摂取すると自己免疫系がグルテンに異常反応を示し、小腸の組織を攻撃し、腹痛や下痢、倦怠感などを引き起こすことから、セリアック病患者向けの食品としてグルテンを含まない食品が開発されている。日本では小麦アレルギーの人が小麦を避けるために取り入れることが多い。

前田先生はいかがでしょうか。稲作の現状や課題についてご教示いただけますでしょうか。

前田 はい。こちらは米の生産量と消費量(総需要)の推移を示すグラフです(図3:米の消費は減少)。

図3:米の消費は減少

前田 一見して明らかですが、右肩下がりが続いています。平成5年に生産量がガクっと下がっていますが、この年は大冷害で国内の米が不足し、タイ米を輸入した年です。この年の生産量は783万トンですが、令和元年の生産量は776トンと、大冷害だった平成5年よりも少ないのです。わずか25年の間に米の生産量がこれほど減っているにもかかわらず、誰も米が足りないなどと言っていません。つまり、消費量が激減しているわけです。これをなんとかしなければいけないというのが日本の稲作の課題であると言えると思います。
 一方、激減した米の消費量の内訳をみてみますと、減少した消費のうち中食と外食が占める割合は増えてきています(図4:米の消費は減少。ただし中食・外食の消費は増加)。

図4:米の消費は減少。ただし中食・外食の消費は増加

前田 これが示唆することは、日本人にとってお米は家の中で食べるものから、外で食べたり、買ってきて食べるものに変わってきているということです。ですからそれに対応した消費をわれわれも考えなければいけないということです。
 それと、もう1つ考えなければえないのはやはり輸出です。ただし、輸出の場合は食文化とセットにして海外へ輸出しなければならないというところがあり、海外への日本の食文化の輸出あるいは、海外の食文化に対応した米の開発、ということになるとやはり時間はかかります。
 さらに、今回のインタビューのきっかけとなった研究「嚥下食の開発」もそうですが、米を食品材料として使用する新しい用途の開発ということに関しては、食生活・食文化と切り離して捉えることが可能ですので、こういう用途や製品であれば新しい分野としてすぐに確立できると考えています。今後の米研究における重要な方向の1つだと思います。

まとめ

 ありがとうございました。米の生産量が平成5年の大冷害の年よりも現在の方が少ないということ、にもかかわらず、米不足が問題にならないほど消費量が減っているという事実に驚きました。しかも、減少したその消費も、外食や中食が占める割合が増えて、家庭で米を食べる量がそれほど減っているとは知りませんでした。
 今回は農研機構のご紹介や、日本の米研究、稲作の現状や課題について芦田先生、前田先生にお話いただきました。今後とも、研究者の方々に、米粉や嚥下食にまつわるお話をお聞きしていきたいと思います。