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第5回 超高齢社会で高まる嚥下食へのニーズ、米粉ゼリーが開く新たな可能性とは

超高齢社会の中で、嚥下障害のリスクを抱える人は増えています。そもそも嚥下障害とはどのような障害で、どうして嚥下障害になってしまうのでしょうか?福井大学医学部附属病院リハビリテーション科の坪川操先生に、嚥下障害とは何かについて詳しく教えていただきました。

福井大学医学部附属病院リハビリテーション科 坪川操先生

福井大学医学部附属病院リハビリテーション科
坪川操先生

食事をするための一連の動作ができなくなる嚥下障害

初めに嚥下障害とはどのような障害か教えてください。

嚥下障害とは、食事ができなくなる障害のことをいいます。普段あまり意識していませんが、私たちが物を食べるにはいくつもの段階があります。まず初めに、食物であることを認識し、口に入れて咀嚼し、ある程度細かくなったら舌や頬の筋肉を使って喉の奥に送り込んで飲み込み、飲み込めたら食道の蠕動運動(ぜんどううんどう)によって胃の方へ送ります。この一連の運動を嚥下運動といいます。この一連の運動のどこかの段階がうまくいかなくなり、食事ができなくなるのが嚥下障害です。

どうして嚥下障害になってしまうのですか。

嚥下障害の原因は、大きく分けて器質的な原因と機能的な原因に分けられます。器質的な原因とは、例えば口の中に炎症があったり腫瘍ができていたり、手術によって本来あるべきものが無くなってしまうなど、明らかに原因がはっきりしているものを指しています。例えば、顔に怪我をして口が閉じられなくなるなども器質的原因です。私たちは口を閉じないで物を飲み込むことはできませんから、怪我などの外傷も器質的原因になります。

これに対して機能的な原因とは、食物が通過する場所には問題が無いにも関わらず、一連の嚥下運動がうまくできなくなるものを指しています。機能的な原因の一つに加齢があります。年を取ると歩くのが不自由になるのと同じで、飲み込む力が弱くなることがあります。あるいは脳の病気や神経の病気によって、嚥下障害になることもあります。例えば脳梗塞や脳出血などで脳の一部に障害が起こると、脳からの嚥下運動の指令がうまくいかなくなって嚥下運動ができなくなり、嚥下障害を引き起こします。

食べられないと脱水や低栄養、抵抗力低下のリスクも

嚥下障害になるとどうなってしまうのですか。

嚥下障害で一番の問題は、食べられないことで栄養が摂取できなくなることです。栄養が摂取できなくなると、脱水や低栄養になって動けなくなり、抵抗力が落ち、最悪の場合は命にかかわることもあります。うまく食べることができないために、食べた物が少しずつ気管に入ってしまうこと、すなわち誤嚥することで、肺炎を発症してしまうことがあります。うまく飲み込めないと窒息してしまうこともあります。肺炎を発症すると、嚥下する力が弱り、ますます食べられなくなってしまうこともあります。それ以外に、口から食べないと唾液の分泌量が減り、口や喉を清潔に保つという唾液による体へのメリットを享受できなくなります。また食べるということは、単に栄養を摂取するだけではなく、楽しみの一つではないかと思います。例えば病気で動けなくても、口から食べられることを楽しみにしている人がおられるのではないでしょうか。

嚥下障害にもいくつかの段階があるのですか。

嚥下障害にはまったく食べられない状態から、特定の形状の食事であれば食べられる状態、普通の食事を少し柔らかくすれば食べられる状態などいくつかの段階があります。例えばミキサー食であれば食べられるけれど形のある物は食べられない人、粥などの柔らかい物であれば食べられるけれど固形物は食べられない人、固形物は大丈夫だが液体がむせてしまう人などなどさまざまです。歩行に例えるならば、完全に歩けない人から杖や歩行器を使えば歩ける人まで、一口に歩行障害といっても症状はさまざまなのと同様です。ですから私たち医療者は、患者さんがどのような状態にあって、どのようなものであれば安全に食べることができるのか、見極めることが重要になります。

嚥下障害の評価にはスクリーニングテストと精密検査

嚥下障害の状態を見極めることが大切なのですね。その評価方法についても教えてください。

嚥下障害の評価には大きく分けて、嚥下障害があるのかないのかを簡単に選り分けるスクリーニングテストと、X線や内視鏡などの医療機器を使い嚥下機能の状態を詳しく調べる検査があります。

スクリーニングテストにはいくつかの種類があり、例えば反復唾液嚥下テストというものがありますが、これは30秒間唾液を飲み続け、何回飲み込めるかを調べるテストで、3回未満であればより精密な検査が必要といわれています。水飲みテストやフードテストという評価方法もありますが、これは3cc程度の水や少量のゼリーなどを食べていただき、むせの有無、SpO2(経皮的酸素飽和度)の変化を確認します。

嚥下機能の状態を詳しく調べる検査としては、X線を用いる嚥下造影検査と、内視鏡を用いる嚥下内視鏡検査があります。嚥下造影検査は、粥や米飯など評価をしたい食品にバリウムの粉を振りかけて実際に食べてもらい、食べた物がどのように通過していくかを、X線を使って観察する検査です。嚥下内視鏡検査は、細い内視鏡を鼻から喉の奥に挿入した状態で、それらの食品を食べていただき、嚥下後に喉の奥に食べた物が残っていないか、気管の方に行っていないかなどを見る検査です。

これらの検査を使い分けながら、医師や言語聴覚士などのリハビリスタッフは患者さんの嚥下障害の状態を把握します。なお、検査ではありませんが、私自身は嚥下状態を評価するのに一番大切なことは、実際にベッドサイドに行って患者さんが食事をしている様子を観察することだと思っています。実際に食べている様子を見ることで、検査では分からない、食べているときの問題点をチェックできるからです。

米粉ゼリーで嚥下食の選択肢が広がる

嚥下障害の治療について教えてください。

器質的な原因であれば、優先的にその治療が必要になります。器質的な問題がなければ機能的な面でアプローチしていくことになります。その場合、まずは嚥下障害の状態を評価し、どのような状態であれば安全に食べることができるかを見極めることがとても大切です。口から食べるだけで必要な栄養をまかなえるのか、経管栄養や経静脈栄養などで栄養を補う必要があるのかどうかをしっかり見極めた上で、必要なリハビリについて検討していくことになります。

米粉ゼリーの研究には嚥下障害の評価の分野で関わっていると伺いました。

私に与えられたテーマは、嚥下障害患者さんに米粉ゼリーを安全に食べてもらうことができるかを評価することでした。具体的には、嚥下内視鏡検査を用いて、食べていただいた米粉ゼリーが喉の奥に残っていないか、気管の方へ行ってしまわないかなどを評価しました。嚥下が上手くいかないと、食べた物が喉の奥に残ってしまい、栄養の摂取効率が下がります。また食べたものが喉の奥に残ったままだと、喉は不衛生になり、不衛生な貯留物が気管に入れば誤嚥性肺炎発症につながります。研究では、米粉ゼリーと既存の嚥下食を比較して、評価しました。

その結果、開発段階から予想されていた通り、米粉ゼリーは粥よりは喉の奥に残りにくく、粥を食べられている人であれば、比較的安全に食べることができると分かりました。嚥下障害者向けの果汁ゼリーと比べれば飲み込みにくさはありますが、果汁ゼリーは主食にはなりませんから、主食である米をゼリー状で食べられるメリットは非常に大きいと感じています。

最後に高齢化社会における嚥下障害の傾向や米粉ゼリーに期待することなどを教えてください。

高齢化が進む中で今後、嚥下障害になる人は増えていくことが予想されます。そうした中で、手軽に主食である米を摂取できる米粉ゼリーには大きな期待が寄せられています。米粉ゼリーが広く使われるようになり、患者さんがさまざまな選択肢の中から自分に合った嚥下食を選ぶことができるようになれば、嚥下障害の人のQOL向上にも大きく役立つのではないでしょうか。