HOME > 利用者・研究者の声 > 第9回 「食べる力」を維持して何歳になっても食事を楽しむ

第9回 「食べる力」を維持して何歳になっても食事を楽しむ

「食べること」は人生の大事な楽しみの一つですが、体の食べる機能は年齢とともに次第に衰えていきます。食べる力を落とさないためには、栄養状態を良くしたり食べるための筋肉を維持したり、おしゃべりやブクブクうがいなども効果的です。国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科診療科長の藤谷順子先生に、年齢を重ねても食事を楽しむために、日常生活の中で行うことができる予防法などをうかがいました。

藤谷順子先生
国立国際医療研究センター
リハビリテーション科 医長

藤谷順子先生

食べ物を認識してから飲み込むまで、食べるためにはいくつもの段階が必要

私たちが物を食べる時、体の機能はどのように働いているのですか。

物を食べるには、いくつもの段階があります。まずは食べ物を認識し、それを口まで運びます。この段階では、体を支えておく力が必要になります。口まで運んだ後は、唇で取り込んでこぼさないように押さえ、口の中を自由に移動させて咀嚼します。この段階では、歯だけではなく、口(口唇)と舌と頬っぺたの機能が必要です。まだ噛めていない部分がある、硬い、といった感覚も非常に重要です。唾液と混ぜつつ噛むことによって、味を感じることができ、飲み込みやすいやわらかい状態にすることができます。

そして、のど(咽頭)に送り込んで飲み込みます。この際、のどでは、食道に入れて気道に入れない、ということも行っています。ここで間違って気道の方に入ると、誤嚥性肺炎や窒息になるので、のどでの嚥下機能はたいへん重要です。しかし、実は、のど「だけ」で嚥下を行っているわけではないのですね。皆さんもやってみるとわかると思いますが、飲み込むためには、口を閉じて、歯(顎)も閉じ、舌をしっかり押し付けることも必要です。ですから、義歯で歯の構造を維持するというのは、硬いものを食べない場合でも大事だといえるのです。

また、もし間違って気道に入れてしまったら、咳で出すことも重要な機能です。つまり、嚥下のコアの部分はのどで行われていますが、体幹から口からのど、呼吸まで、一連の流れが「食べるのに必要な身体機能」になります。

誤嚥性肺炎を起こさず、最後まで口から美味しく食べる

食べるのに必要な身体機能は、年齢を重ねるとどのように変化するのですか。

加齢による変化では、感覚や運動に関する神経・反射のスピードが遅くなりますし、筋力が低下する方が多くなります。歯を喪失したり、のどぼとけ(喉頭)が下がって、ごっくんするのにより力が必要になったり、脊椎が変形したりといった変化も生じてきます。日常生活でよくある症状としては、食べるのが遅くなる、一気飲みができなくなる、肉などの比較的硬いものを好まなくなる、といったことが挙げられます。食べている時に話しかけられると咳込む、のどの引っ掛かりを咳払いではらっている、咳や痰が増える、水で薬を飲む際にむせるという人もいます。

また、小さな脳梗塞やその他の病気、薬による悪影響での機能低下もあります。年とともに食べる量が減ることが多く、認知症や興味の減退により食べる量が低下する人も少なくありません。加齢や病気で咀嚼や飲み込みの力が低下したことがきっかけで、硬いお肉を避けるようになり低たんぱくとなるケースもあります。また、買い物に行くのが億劫で外出頻度が下がると、活動量の低下から空腹を感じにくくなり、さらなる食事量や体力の低下を招いてしまいます。

誤嚥性肺炎はどのようにして発症し、重症化するのでしょうか。

日本人の死因構成を見ると肺炎は上位に入っており、特に高齢者に多い病気です。高齢者の肺炎は誤嚥性肺炎が7割との報告があります。自分では普通だと思っていても食べ物を誤嚥して肺炎になる人や、病気で寝ついてから誤嚥性肺炎になる場合、食べていなくても唾液を誤嚥して肺炎になる場合などがあります。肺炎を起こさず、できるだけ最後まで口から美味しく食べるというのが非常に重要だと考えています。

先に述べたように嚥下の機能が低下すると誤嚥の頻度が増すわけですが、誤嚥=肺炎ではありません。誤嚥の量が少なくても、咳が弱くて出せない場合、肺炎のリスクは高くなります。歯磨きやうがいをする機会が減ると口腔内細菌が増えますし、全身状態や栄養状態が不良な場合もリスク要因になります。

嚥下機能の維持に効果的なブクブクうがい

嚥下機能を維持するためには、どうすればよいのでしょうか。

総合的な取り組みが必要です。まず一つ目は「食べる力を落とさない」こと。具体的には、栄養状態を維持することや歯をなくさない(失った場合には義歯を装着する)こと。さらに、口を閉じる力や頬っぺたの力、舌運動の力、首の筋力、首やのどの柔らかさを維持すること。これらすべてが、食べるのに必要な筋力を落とさないことに繋がります。

そのためにできることの一つとして「ブクブクうがい」があります。歯磨きの度に「ブクブクうがい」を丁寧に、繰り返して行うなどの工夫で、口や頬っぺたの力を鍛えることができるのです。日常のおしゃべりや歌も、口の機能を落とさないためには重要です。

嚥下機能を維持するために、食べ方で気をつけることを教えてください。

急いで食べない、顎を上げてものを飲まない、食べやすいものと食べにくいものを交互に食べる、といった食べ方にも少し気をつけましょう。例えば、パサパサしていて食べにくいものを、食べやすいものと交互に口に入れることによって、うまく飲み込めたりもします。肉や魚などのたんぱく質食品は加熱すると硬くなるため、硬いものを避けるとどうしてもたんぱく質不足に陥りがちです。そういったものを食べ続けるためにも、食べ方の工夫が必要です。

口に押し込むように続けて食べないことも大事です。食べにくいものはできるだけ控えようとする人も多いですが、何もかもやめてしまうのではなく、よく噛んで食べたり、食べやすいものと交互に食べたりといった工夫で、さまざまなものをできるだけ食べるようにしていただきたいと思います。

他に食事面ではどのような工夫ができますか。

低栄養にならないよう、1日3食、朝からまんべんなく食べることが重要です。特に不足しがちなたんぱく質には注意が必要です。1日2食だと、1日に必要なエネルギーを確保することは大変ですので、基本は1日3食、それだけでは十分にエネルギーがとれない場合は、間食で補います。

外出も盲点になりがちです。医療機関の受診で時間がかかり帰宅が昼を過ぎたため、昼食を抜いてしまう、などがよく起こります。低栄養にならないよう、欠食はせず外出した先で食べるということも心がけましょう。

買い物の時点で栄養を確保してしまう作戦もあります。例えば、買い物に行ったら必ず豆腐と肉と魚を買う、などの方法です。1回の買い物でこれぐらい買う、週1回の配送では毎回これぐらい注文すれば必要な栄養がとれる、といった視点も大切です。

口腔ケアにはメリットがたくさんある

嚥下機能を維持するために、食事以外で気をつけることはありますか。

誤嚥しても吐き出すために、呼吸する力が大事です。呼吸する力には、胸郭の大きな動きや腹筋・背筋・呼気の力が影響しています。鍛えるためにはラジオ体操のような腕を大きく動かすタイプの体操がおすすめです。カラオケや、スクワットなどの体幹の筋肉を鍛えるような運動もいいでしょう。

口腔ケアも大変重要です。基本の歯磨きとうがいは、歯があってもなくても欠かせません。歯がない場合も、歯の抜けた凹みの部分にゴミが溜まることがあるため、清潔にしておく必要があります。口腔内の細菌が減ると、誤嚥性肺炎の確率が減ります。さらに、口臭が減ったり口の中がさっぱりするので、よりご飯を美味しく食べることができたり、外出に前向きになったりする人も少なくありません。また、歯周病の予防、歯の喪失予防、さらには脳の刺激になるということもわかっています。

毎食後歯磨きをする習慣をつける、またその際に、先に述べたようにうがいの回数を多くするといった工夫で、運動と感覚と歯と、総合的に鍛えることができます。このように口をきれいにするというのは、よいことばかりなのです。

米粉ゼリーの活用

食べ方の工夫が大切なのですね。米粉ゼリーはどのように活用するのがよいでしょうか。

例えばご高齢で、肺炎などで入院したり、脳卒中などで普通のお食事がまだ食べられない状態で退院したりするときがありますよね。でも病院ではないので、やわらかいものを作るのもなかなか大変、そんな時、米粉ゼリーや米粉粥を利用していただければと思います。

また、そのような状態からの回復の過程で、食べられる食形態にまだ制限がある場合、しっとりとした米粉ゼリーや米粉粥と交互に食べることで、おかずのほうのバリエーションに挑戦していただければと思います。「食べやすいものと食べにくいものを交互に食べる」といった工夫をする中で、米粉ゼリーは「食べやすいもの」として利用できます。

最後にメッセージをお願いします。

「食べること」は、人生の大事な楽しみの一つです。同時に、健康の維持・病気の予防機能でもあります。日常生活のさまざまな場面で少し気をつけることによって、食べる力、すなわち嚥下機能の低下を予防することができます。できるだけ長い間、美味しいものや多彩なものを食べて、健康になっていただきたいと考えています。その過程で、食べる力が落ちてきた人、あるいは病気などで一時的に食べる力が低下して回復途上の人に、米粉ゼリーを有用にお使いいただけると嬉しく思います。